2019年5月6日~8日の3日間、米国ワシントン州シアトルで「Microsoft Build 2019」が開催され、昨年に続きこのイベントに参加してきました。「Microsoft Build」はMicrosoft社が毎年春に開催する開発者向けイベントで、夏のパートナー向けイベント「Microsoft Inspire」、秋のインフラ技術者向けイベント「Microsoft Ignite」と並んで最大級の規模を誇っています。本コラムでは、4回にわたってMicrosoft Buildで見聞してきたMicrosoft社のビジョンや最新技術についてご紹介していきます。第1回目の今回は、米Microsoft社のCEO、サティア・ナデラ(Satya Nadella)氏のkeynoteから、Microsoft社の現在と未来を俯瞰します。
CEO ナデラ氏が語るMicrosoftのビジョン
Microsoft Buildは、Microsoft社が年次で開催する最大の開発者向けイベントであり、同社のビジョンと最新テクノロジーが発表される場としても広く知られています。今年のMicrosoft Build 2019はMicrosoft社のホームタウンであるシアトルで開かれ、全世界から約6,000人の開発者が結集。日本からも多くの開発者が参加しました。
ナデラ氏が初日のkeynote(基調講演)の冒頭で語ったのは、開発者のOpportunity(機会)とMicrosoft社のResponsibility(責任)についてです。
現在、さまざまな業種業態にITが浸透し、私たちの生活の上でもなくてはならないものとなっています。これは、開発者にとって非常に大きな機会であり、開発者がこの機会を活かせるようにプラットフォームを提供するのが、Microsoft社のミッションであり、責任であるということです。 この責任を果たしていくため、ナデラ氏はMicrosoft社の3つ姿勢を示しました。「技術だけではなくプライバシー(人権)を担保したサービスを提供すること」、「重要なインフラを保護するために堅牢なセキュリティのサービスを提供すること」、「偏見のないシステムを構築するためにAIの振る舞いに説明責任を持つこと」を設計の中核に据え開発を推進するということです。
Microsoftが注力する4つのプラットフォーム
開発者が機会を活かすための具体的なサービスプラットフォームとして、ナデラ氏は「Microsoft Dynamics 365 & Power Platform」「Microsoft 365」「Microsoft Gaming」、そしてそれらのサービスを支える「Microsoft Azure」を挙げています。中でもナデラ氏が語気を強めたのは、Azureが開発者のニーズを満たすオープンなクラウドプラットフォームとして進化し続けているということでした。
私がお客様や開発者に話を伺うとき、Azure に対して「Windows 環境のためのクラウド」というイメージを持たれている方がまだまだいらっしゃると感じます。確かに2010 年のリリース時点ではそういった色が強かったのですが、2018 年に仮想マシンの約半数で Linux が稼働しているという公式発表もあり、現在では複数の Linux ディストリビューションが正式にサポートされています。
こういった現実とイメージのギャップを考慮してか、ナデラ氏は「特定の技術にロックオンしない、オープンなプラットフォームだ」と改めて主張しました。その上で、「世界のコンピュータ」として世界の54リージョンにデータセンターを展開し、すべてのスタックで開発者のニーズを満たすようなサービスを提供、クラウドのみならずハイブリット クラウドやエッジ コンピューティングまでを包括的にサポートしていることを強調しました。
Azureはアフリカ大陸にリージョンを置く唯一のクラウドサービスであり、ナデラ氏が南アフリカリージョンを紹介すると、会場から大きな歓声が上がっていました。
最新テクノロジーを取り入れたStarbucks社の先進事例
さらにナデラ氏がアピールしたのは、Azureのもつ先進性です。その事例として、Microsoft社と同じくシアトルをホームタウンとするコーヒーショップチェーンStarbucks(スターバックス)社の取り組みが紹介されました。
Starbucks社は、Azureが提供する各種サービスを利用したシステムを構築し、店舗のバリスタを支援したり、顧客のユーザー・エクスペリエンスを高めたりする仕組みの運用を始めています。同社は、各店舗に設置されているコーヒーマシンを制御するエッジセキュア端末を開発しました。この端末にはMicrosoft社が開発したセキュアなMCU(Micro Controller Unit)である「Azure Sphere」(※1)が組み込まれ、IoTプラットフォーム「Azure IoT Central」と連携しながらコーヒーマシンの水温・圧力など10種類以上のデータを監視することでコーヒーマシンの故障を予測し、故障前にメンテナンスを行う、いわゆる予兆保全を実現しています。
さらには、新しいコーヒーのレシピを追加するためのコーヒーマシンのソフトウェア更新もAzure IoT Centralによりクラウドからセキュアに一括更新ができるようになり、これまでのように数万本もの USB スティックを店舗に配布する必要がなくなりました。
もう一つ、非常に興味深かったのは、ブロックチェーン サービス「Azure Blockchain Service」の活用です。ブロックチェーンというと、どうしても「〇〇コイン」のようなものを想像してしまいがちですが、そういった活用方法ではなく、情報を改ざんできないという特性を活かしたコーヒー豆のトレーサビリティが紹介されました。
Starbucks社が抱えるサプライチェーンでは、約30カ国で380,000以上の農場との取引があるそうです。お客様が購入するコーヒー豆の出所、取引履歴をブロックチェーン技術で記録することにより、透明性や信頼性の高い商品をお客様に提供できるというものです。日本でも産地偽装が問題となることがありますが、この課題をデジタルの技術で解決した事例と言えます。
※1 Azure Sphereについては、Build 2018 の記事でも紹介しています。
Microsoft Build 2018で注目!AIとIoTとエッジコンピューティング
ここまで来た! AIアシスタントの登場を予感させるデモ
さらに興味深かったのが、Windows 10にも搭載されているパーソナルアシスタント機能「Cortana」の機能強化を紹介するデモです。Microsoft社は、2018年5月に自然言語研究者を擁するSemantic Machines社を買収しましたが、Cortanaなどの対話型インターフェースにその技術を取り込もうと開発を進めています。
現在のパーソナルアシスタントの会話は、ほとんどが一問一答です。人と人との会話のように会話のやりとりの内容、いわゆるコンテキストを踏まえた会話を行うことができません。例えば、私が同僚に旅行で沖縄に行くと伝えた場合、同僚から天気について聞かれたら、私は場所が指定されなくても旅行先の沖縄の天気を聞かれていると容易に理解できます。しかし、現状のパーソナルアシスタントは、沖縄の天気ではなく、あらかじめ設定された位置情報にもとづいた天気予報を答えてしまいます。今回のデモでは、Cortana が数回の会話のやりとりからコンテキストを理解し、人が意図している質問に適切に答えられるようになっていました。
また、明確な説明はありませんでしたが、「明日の同じ時間に予定を変更する」という会話において、コンピュータでは比較的理解が難しい「同じ時間」という表現を正しく理解していました。「レビューの前に、Aさんとリハーサルの時間を2 時間予定する」という会話においても、新規に予定を作成する際の制約条件である「レビューの前」と言う表現について適切に理解できるようになっていました。
デモでは、社員が出社してミーティングスペースに移動するまでの間に、Cortanaと自然に会話しながらスケジュールを確認し調整する様子が紹介されました。人間のような振る舞いをするAIアシスタントによって近い将来に実現される、新しいワークスタイルの姿を想像させる内容でした。
ナデラ氏に紹介されたこれらの最新テクノロジーは決して夢物語ではなく、すでに実用化が始まっているものです。次回から、ナデラ氏が紹介した4つのサービスプラットフォームのうちMicrosoft 365とAzureにフォーカスし、それらに追加された最新テクノロジーの内容を詳しく紹介していきます。
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この記事の執筆者
ソリューション事業本部
MS事業部 MSサービス推進室
部長 / エグゼクティブフェロー